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・オランダが素敵!(March 24, 2012)

ガーデニング・セオリーの世界一、といえば、間違いなく、イギリス。でも、世界一の植物の流通国といえば、断然オランダでしょう。

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(写真はオランダの球根農家にて、球根おじさんと意気投合。オランダ人おもしろいです。好きです)

この仕組み、いつ頃できたのでしょうか? もしかしたら、球根の価格が大バブルを起こした中世から綿々と続く歴史なのかもしれませんね。

チューリップの歴史。紀元前の時代、原種の真っ赤なチューリップが荒涼とした天山山脈の丘や谷間に群生していた姿を想像すると、思わずそれを掘り上げ持ち帰った人々の気持ちがわかります。チューリップは時期を選べば遠くまで運べるし、野生種は耐寒性に優れ、痩せた土地でも育つので、それが有史以前から移動や交易を続けていたトルコ系遊牧民や商人たちにより、交易路を渡り中東へ移動したと推測される。隆盛を極めたオスマントルコの宮廷で最も尊い花であったチューリップは、16世紀になると園芸改良品種が千種類ほども作られたといいます。

ボスポラス海峡を渡り、ヨーロッパの庭にチューリップが咲いたのが16世紀半ば。17世紀になると、ヨーロッパの園芸技術が進歩し、珍種、希少種のチューリップが誕生。おりしもオランダが黄金時代を迎えた1630年代、庭園に希少種のチューリップを植えることが富裕階級のステータスとなったわけ。

そこでオランダを席捲したいわゆる「チューリップ・バブル」が始まります。

高騰した球根のたった一個の値段が、同じ時代に描かれたレンブラントの最高傑作「夜警」の3倍以上の価格になったといいます。最終的に多くの富豪を破産に追い込んだというこのチューリップバブルは、美に対するどん欲な所有欲と、金に対する博打的欲望が一気に燃え上がった結果とされますが、いまだに多くの謎が残されているそう。

これは、ミセスのオランダ特集に寄稿した原稿の一部ですが。

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この、レンブラントの時代、球根一個の値段がアムステルダムの高級住宅の一軒に匹敵する価格だったといいますから。その価値観って何だったのでしょうね。(写真はアムステルダムの美術館にて「夜警」のスナップ)

今も、イギリスから直接輸入できない植物でも、オランダ経由でなら入ってくる。このあたりの仕組みに興味深々なのですが、この冬、さまざまな場所で大活躍した花付きのスキミア(シキミ)も、園芸店にでているのは殆ど、オランダから空輸されたもの。サリックス’ハクロニシキ’御殿がオランダに一杯建ったという話、ご存じ?90年代の話ですが。

園芸技術をセンスで凌駕してビジネスを成功させている国がオランダ、私たち、日本のガーデナーは、イギリスから、フランスからだけでなく、オランダからも学ぶべき事が相当あると、私は思っております。だからの、今年のオランダツアーのお誘いであります。

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さらには、デザイン大国としてのオランダは、案外知られていないのでは? アムステルダム、グッドデザインに出会うチャンスも少なくなりません。(写真はミセス誌の取材で訪ねたアムステルダムの花屋さん)

いつだって美しいものに出会いたい。と、方々にアンテナを張り巡らす私としては、北欧もそうだけれども、北ヨーロッパの美意識には南ヨーロッパ(南仏とかイタリア)にはない、デザインの完成度を感じ、その大ファンでもあります。学生時代から信奉していたのは、むしろ北ヨーロッパ。南の魅力に気づいたのは中年以降の事です。素敵な庭もあります。

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(写真はアムス郊外にて)花を愛する気持ちは世界共通だけれども、それをデザインにして完成させる能力は、イギリスを始め、ちょっと寒い地域のほうが頑張りやさんだなあと。日本は暑いけれども寒さも半端じゃないので、その辺りで両面性があるのですね。

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それから、オランダは素晴しい美術館がいっぱい!写真は「クレラーミュラー美術館」の庭。ここのゴッホのコレクションがまた凄くて。美を自分に詰めこむ時間。やはり、美術館はその宝庫です。

※この記事は2012年3月に書かれたものです。文中のイベント、雑誌掲載の情報等は終了しておりますのでご注意ください。


・オランダが素敵 2 !(March 25, 2012)

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いきなりフェルメールで始まりましたが、「オランダの光」というドキュメンタリーの短編映画を見て以来、オランダの魅力に取り込まれています。レンブラントも、フェルメールも、光の画家。(この写真を撮ったのは、昨日のレンブラントと同じアムステルダム国立美術館。素晴しい美術館です。暗かったので、手ぶれしてボケています。失礼。でも写真撮影okって太っ腹ですよね)

美術作品を観賞するのにむしろ、その美術館でジロジロと時間をかけて眺めるのは、そのインスタレーション方法や壁紙の色やデザイン。それゆえ、美術館の空間の写真をたくさん撮ってきます。むしろ、その絵画よりも。高い天井。光りの入り方。それによっては、作品も違って見えます。

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レンブラント美術館は、まさにレンブラントライトがそのままに。斜め45度上からの光が人や物を美しく見せる。この写真も手ぶれ。ここも実はかなり暗かった。私が手に持っているのは自作の模写。レンブラント作「フローラ(サスキア)」を持参し(厚顔であるが、これが編集意図でしたのでさ、許されてね)光の再構築を感じる。

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光の魅力。これがすべてだと思うことがあります。光の質。これがものごとを美しく魅せる原点。
写真も絵も。それにて、数年前、光を探す、オランダの旅をしました。以下は、その時に書いた「ミセス誌」の寄稿文一部。少しでもたくさんの方々に、深いオランダを知って欲しくて。

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光(自然光)への興味は尽きない。東京の自宅で、旅先で。たとえば、日本の光は西へ行くほど暖色になり、関西では赤が映え、東北へ行くほど寒色になり北海道では青が冴える。さらに遠く離れた海外では一層の違いがあり、異なる光を見いだす観光(光の観賞)旅行は、永遠に魅力的だ。
オランダはヨーロッパの北よりにあり寒色の光には透明感も加わる。が、それだけではない。たとえばアムステルダムは運河の街で、街中に水面が多い。特に空が明るい日、一旦、天から降りる光が運河の水面に反射し2重の光源を生み、それが文字通りの美しい「光景」となる。

光の画家といわれるフェルメールもレンブラントも、そんなオランダの光のもとで生まれた画家たちなのだ。
観光旅行では飽き足らず、移住を決めた私たち夫婦が住んだのはイギリスだったが、ロンドンに住み最初の数年は古典絵画技法のスタジオに通い、中世以降の西欧古典絵画を模写で学んでいた。未来に残る作品とはどういうことか、その秘密を知りたかったからだ。

そんな折にロンドンでレンブラントの作品と出合った。愛妻サスキアを描いた「アルカディアンコスチュームをまとったサスキア(別名フローラ)」だ。ナショナル・ギャラリーの有名なレンブラント・ルームに展示されていた。そこで、キアロスクーロといわれる自然光線の効果を用いたレンブラント作品に魅了された。いわゆるレンブラント・ライトといわれる、斜め上45度の角度から射す光で描かれた作品である。
私の模写は、描き始めてから3ヶ月ほどで完成したが、その間、キャンバス地も油彩の油も顔料も、すべては17世紀と同じレシピで制作する。模写自体は、美術館のオリジナルや複写印刷物を見ての制作となるが、作品を描く想像の心はこの絵の描かれた1635年当時のレンブラントのアトリエを探っていた。
この絵が描かれた空間と時間に射している光、明暗のコントラストは超現実的に美しいが、この眺めは実際に存在したはずだ。新婚まもないサスキアが、花の女神の衣装を着けやわらかな微笑みをたたえている。

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さて、模写から十年以上の歳月が経った今年、なんと現実に、私がレンブラントのアトリエに佇むことがになった! 静かなロンドンの家に住んでいた日々、のめり込むように想像していた17世紀の世界が、今まさに現実となってここにある。現実が想像とあまりにも似ていたので、正夢を見たような気持ちになった。レンブラント・ライト。高い窓から差し込むオランダの光と、高い天井ゆえに光が大きく回り込むマジックライトの空間。それはオランダの風光と、画家の選んだ光の質が生み出した世界だ。
そんな光の下で、花や庭を眺めたら、どんな世界が......? 世界は見方を変えたり、広げたりすると、また別の価値をもった世界を広げることができるはず。そんな見聞を広げる旅は、人生という旅の究極かなと。 写真は2006年4月24日のオランダにて。

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※この記事は2012年3月に書かれたものです。文中のイベント、雑誌掲載の情報等は終了しておりますのでご注意ください。


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