ベネチアのクリスマス

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Christmas of Veneziaベネチアのクリスマス

・Buon Natale ! ベネチアのクリスマス (December 25, 2009)

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12月24日、朝11時にドイツ、ニュルンベルグのホテルを出発。
タクシー、列車、飛行機、水上タクシーを乗り継ぎ、20時到着。この移動は長く複雑で辛かった。でも、楽をしていては、本当のやりたいこと、感動には出会えない。
そこは”もうひと踏ん張り”と、気合いを入れて。

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でも、ここへ着いてホッとしたーーー。
(しかし、ベネチアのホテルを選ぶ時は、船着き場付きのホテルじゃない場合、大きな荷物を持って結構歩くはめに。フローラは内陸になるので、土砂降りの中、水上タクシーを降りてから、荷物をゴロゴロ。情けなかった)

本当は、もっともっとドイツに滞在したかったのだけれども、無理矢理ベネチアへ来たわけは.....。
クリスマスのドイツは、観光客にとって、かなり厳しい。 24,25,26日、とにかくすべての店が閉まり、食事にも事欠くイメージが。(いまの時代はだいぶましかもしれないけれど)
以前、なんどかドイツやオーストリアでクリスマスを過ごして、ドイツ語圏のクリスマスその日は、本気の安息で、懲り懲り。
ロンドンも、同じ。ロンドンで6度のクリスマスを過ごした。
地下鉄やバスも止まり、タクシーさえ難しい。クリスマスに開いているのは、中華街とインド料理屋のみ。

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それに比べて、ベネチアなら、世界に冠たる観光地。ただ一日中散歩だけで過ごしても、和めるはず。 そういう判断があってドイツに心を残しながらも移動した。それは正解だったと思う。

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11歳の息子でさえ「絵のなかを歩いてるみたいだね」という。本当に美しい。今日は300枚以上も写真を撮った。
そして、美味しいレストランもそこそこ、開いている。

ずっと食べたかった蛸のサラダ、烏賊墨のリゾットでランチ。
ちょっと疲れているので、軽いもので済まして正解。イカタコ攻めだ。
ディナーは、年中無休のハリーズバーで。

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欲しかったお土産の仮面も買えた。値段も手頃。
(6〜25ユーロ)

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そして、なによりも素晴らしいのは、観光客の少なさ。
白昼夢みたいな静けさだ。リラックスして行き交う地元のおじさんやおばさんと「ボン・ナターレ!」とクリスマスの挨拶をかわす。幸せな時間だった。

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そんな、53歳の誕生日でした。
この突き当たりが、ホテルフローラ。
昨日の夜は、海水がこの小径にも溢れてきた。すぐ横にあるブルガリやシャネルの店にも水が入って床上浸水。聞きしに勝る。

それにしても、時差ぼけがひどくて夜眠れず冴えない顔してますが、今日に感謝。かなり寒いです。


・ベネチアのゴンドラ(December 28, 2009)

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7度目の訪問となったベネチア。この希有に美しい街を息子に見せたくて。そして、この度、初めてゴンドラに乗った。
かなり、息子にせがまれて。それまでは「こんなもの恥ずかしい」と思い、乗ったことがなかった。

でも、これは記憶の宝、冥途の土産となった。

「30分で100ユーロ」は、確かに高いけれど、「記憶の宝」の価格としては、妥当なのかもしれない。

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20年前、母とベネチア旅行をした。
乗り合いの水上バスで、生粋のベネチアっ子というおじいさんと意気投合、当時凝っていたデタラメなイタリア語で、なんとか会話ができた。ゴンドラに乗せてくれるという。
「信用してみようか」おじいちゃんの顔が福の神みたいだったのでその親切心を真に受けた。
で、次の朝ホテルの船着き場に迎えに来たのは、ボロボロの木船だった。
半日ほど、彼の手こぎボートに乗せてもらってベネチア巡り。
ボートはサンマルコ地区を離れ、観光客のいないカンナレッジョ、キャステッロ地区へ。
ひっそりと静まり返った狭い運河を「チャポン、チャポン」。
木製の櫓をこぐ水音だけが、シンと静まり返った中世の景色に響いた。

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流れるように進むベネチアの景色は、夢の中のようだ。
おじいさんはこのベネチアの美しさが自慢で、見ず知らずの東洋人の私たち母子に何の礼も求めず案内してくれた。
実は、それまでのイタリア旅行で、詐欺タクシーなどにも出会い私たちにも、警戒心や若干の覚悟はあったのだが。

それにしても、光の変化でその都度見え方が変わる中世の建築群と運河の瑪瑙色。水路の街の風景は特別だ。

これは運河の多いアムステルダムにも言えることだけれど、空からの光が水路に反射し、2重の光源を放つことで、見えている景色の光の効果がまるで劇場のライティングのようになる。(美人顔を撮影するとき、レフ板を下から煽るのと似た効果ね)

このとき、このおじいさんに連れて行ってもらったバール(立ち飲み居酒屋)の総菜がやたらに美味しくて、もう嘘みたいに安くて、すごく感動したのだが、今では場所もわからず。あのネッロじいちゃんとの連絡も途絶えてしまった。ごめんなさい。でもずっと覚えている。

ゴンドラには、モーター付きの水上タクシーや乗り合い水上バスのヴァポレットでは味わえない最高のトランキュリティと特別なラグジャリーがある。だからこそ、おしゃれをして乗りたい。

ただ、私が今までゴンドラを避けていた理由は、気恥ずかしいだけではない。
その料金の不透明さにもあった。値段表がないし、詐欺まがいの話も聞いた。
料金は常に交渉次第。それが面倒!

そこで、今回は息子のリクエストもあったので、滞在中の5日間の間、ベネチア中を歩き回りながら、ゴンドリエをチェックして回った。
どの人に、どの場所から、乗せてもらおうか。誰にどのコースを回ってもらうかでも印象が全然違うはず…。

どこへ行っても「このゴンドラにしようよ!」とうるさい息子。
私はさまざまな理由をつけてゴンドラを回避した。

「この人はハンサムじゃないから駄目」ハンサムなゴンドリエを数カ所で発見済みだったからだ。
イタリアにはいい男が多い。

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「この船のデザインがいまいち」ゴンドラにもいろんなデザインがある。
どうせなら華麗なゴンドラがいい。
「今の光は、いまいち」「ここから乗っても景色が…」さまざまな言い訳をしながら歩いた、いよいよ最終日の夕方。

「ゴンドラに乗るならトワイライト」トワイライトの美しさについては息子に説明済みだった。
彼も賛成してくれた。どこの景色も日暮れ時の景色は美しい。

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リアルト橋にさしかかって素晴らしい夕日が沈みかかった瞬間「今が最後のトワイライトだよ!」息子が叫んだ。
本当だった。美しい夕暮れ。その瞬間、すぐそばのゴンドラ乗り場から満足そうにゴンドラから降りてくる家族を見かけ、声をかけた。
「How much was it?」
相場といわれている30分100ユーロだった。
それにその家族は「とてもいい人だったわよ」とも.....。
即決現金払いであった。

本当に良かった。息子に「ゴンドラに乗せてくれて、ありがとう」と何度も..。
良かった!

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次の夢が決まった。カルナバーレの期間に、仮面コスプレ(一度やりたい中世の貴婦人)をしてゴンドラに乗ること!
思えば、1983年2月に初めてベネチアを訪ね、それがカルナバーレの最中であった。そのことを知らなかったので、驚いた。
街じゅうに華麗な仮装装束の人々が溢れていたのだ。
中世の貴族の装束の人々が、薄暗い中世の街を、カンテラ片手に歩いている。
「ヴィスコンティの映画の中みたい!」
心酔したのがベネチア通いの始まりだったと思う。

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(プンタネラドガーナ美術館からの眺め、凄かった)

でも、なんとなくここへ来れたのではない。
いつだって気合いとド根性で、遠いヨーロッパ旅行を実行している。
今回もそう。このスタミナ、いつまで続くだろうか。人生の半世紀をすぎて、たまに、ふっと淋しい気持ちのすることがある。

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ホテルをチェックアウト後水上タクシーでサンタルチア駅へ。
これからフィレンツェへ。

いいえ、これからも気合いたっぷりで旅を続けましょう!


コメント

有名な観光地ほど、シーズンオフに訪れるのが楽しい。人は少ないし、自分たちだけの特別な時間が流れる気がするから。息子は、一生の思い出になったので、そう簡単には、繰り返し行きたくないと言っていました。

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