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また、鋏と同じような理由で、ジョウロも、初めのうちは安価なポリ製のものを使っていたが、どうも、それが庭に置いてある「風景」が貧相に感じられて、やはり、英国人のガーデナーたちがこだわって使用しているブリキ製を購入した。
それが庭にあるだけで、庭の景色が豊かに夢見がちになる。ポリのジョウロではどうも、現実的で寂しい。
ブリキのジョウロは、一つ一つが手作りだ。やはり高価なのだが、田舎の古道具屋へいくと、中古のブリキのジョウロが意外な安価で売られていた。
英国じゅうの田舎を旅して出会うブリキのジョウロは、一つとして同じ物がない。それで、コレクションに火がついた。
それと同じ理由で、トロウェル(移植ゴテ)、フォークほか、さまざまなガーデンツールのアンティークのコレクションも始まった。私は今、まさに「園芸用品フェチ」になった。
何故こんなにも、これらのツールを愛するのだろう。今、改めて自問自答。答えはやはり「これらの道具が美しいから」。
機能を追求しながらも、美しいプロポーションを求めて、昔の職人さんの作った道具の数々の存在感に、心惹かれる。そして、ひとたび、これらの道具が庭で使われるとき、または、庭に存在するとき、これらの道具を自分自身が所有していることへの満足感が、ず〜っとずう〜と末長く続くような、嬉しい予感がする。
どんな存在も「使い捨て」ではなく「一生の友」として出会えたら、それがその人を、ちょっと幸せにしてくれるのではないだろうか。私自身もデザイナーとして、そんな仕事をしたいと願う。
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